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「約」は完全悪?

国内出願用のクレームでは、「約」「略」のような言葉(ここでは「曖昧語」と呼ぶことにします)は記載不備に該当するため使用しないことは、実務家の間ではよく知られているトピックだと思います。しかし、日本では完全悪とされるような曖昧語も、海外では国によって取り扱いが違うことがあります。ちなみに、英語だと"about","substantially"といった言葉に相当します。

1.米国
 最も主要な外国出願先である米国では、曖昧語が許容されやすい国の一つです。これはMPEPにも、当業者が明細書の文言を理解できる程度であれば、記載できることが明記されています(MPEP 2173.05(b))。確かに曖昧語を含む特許は、程度によっては審査段階で削除する必要が生じることがありますが、一端審査を通過して権利となると、非常に強いことが判例で示されています(例えば数値限定を含む権利であれば、数値範囲を実質的に拡大して解釈された例すらあります)。米国でも均等論の適用は大変厳しいです。曖昧語を含む特許は、均等に頼ることなく、文言上で侵害認定が容易になります。

2.欧州
審査基準C,III,4,7に記載されていますが、先行技術との差異が明確に区別できる限りにおいて許容されています。

3.中国
 審査指南第2部第2章3.2.2に記載されていますが、ほぼ認められません。

4.日本
 ほぼ認められません。ただし、審査で「約」を通せば、作用効果が認められる範囲で数値限定等を文言上拡大して解釈した判例があります。

☆まとめ
主要な外国出願先である欧米では、比較的曖昧語が認められやすい傾向にあります。権利化されれば非常に強い特許になりますので、出願時には積極的に曖昧語を使用し、審査で指摘された際に、適宜補正するようにしてもよいと思います。
といっても、PCT出願をする際に国ごとに異なる翻訳文を準備する負担を避けたいという事情もあると思いますので、どちらを選択するかは悩みどころでもあります。これはお客様の移行を聞きながら選択すべきところだと思われます。

(補足)
OAで曖昧語が記載不備と指摘された場合に、有効な主張があります。この場合、実質的に曖昧語を削除しなければ拒絶理由を解消することができない場合がほとんどだと思います。その際、単純に審査官の指示に従って削除するのではなく、意見書で「出願人としては本来であれば削除する必要がないと考えるが、審査を円滑に進めるために削除することで、権利範囲を狭める補正ではない」と一言加えておけば、本対応が権利行使時に限定解釈の一因となることを避けることができると思います。
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「おいて書き」は、あったほうがいいの?

 日本の伝統的なクレーム記載の一つとして、 「おいて書き」が知られています。発明の概要を冒頭で簡略的に示すのに好ましいとして、「おいて書き」を積極的に使用したり、必須要素としている実務家の方もいると思います。翻訳に対応する明細書という観点から、このような「おいて書き」に対する考えを記載したいと思います。
 そもそも「おいて書き」について、意外にも審査基準には全く記載がありません。これは、「おいて書き」が長年の実務から慣習的に生み出された記載方法であることを意味していると思われます。「おいて書き」の解釈に関する判例はいくつかありますが、「無効審決取消訴訟:東京高裁/昭和47年(行ケ)第121号」によれば、「おいて書き」は通常、公知事実や上位概念を表示することが多いことを認めながらも、その記載を無視するのではなく、発明の要旨を定める一部として認定されています。他の判例を見ても、日本では「おいて書き」も発明の技術的範囲を認定するのに考慮される傾向が主流なようです。これによれば、日本では敢えて「おいて書き」を本文と分けて記載する積極的なメリットはないと思われます。

 では、「おいて書き」が翻訳されて外国に出願されるとどうでしょうか。「おいて書き」を翻訳すると、プレアンブルに含まれることになりますが、まず米国では、日本以上にプレアンブルが権利範囲の解釈に用いて良いのか、従来技術として認定されるのかについて多くの判例が出ているのが現状です。また2パート形式が求められる欧州・中国では、出願段階から公知部分を自認するように解釈される要因となりますので、好ましくないと思われます(詳しくは、jepson styleに関する記事を参照)。

従いまして、「おいて書き」は日本国内向けのクレームであれば使用してもよいですが、多国に外国出願する可能性がある場合には、必要でない限り使用しない姿勢が好ましいと思います。

特許用語の是非

日本語明細書では、発明対象を表現する際に、いわゆる特許用語がよく用いられています。例えば私の専門の一つである機械分野では「固設」「突設」「嵌合」のような用語があります。特許用語は、典型的には漢字2文字を組み合わせて、構成等をより的確的に示すために用いられています。そのため、日本国内だけで考えれば、特許用語を用いたクレーム・明細書は好ましいように思えます(より特許書類っぽく見えるので、カッコいいです)。

しかし、外国出願で翻訳することを考えるとどうでしょうか。例えば「固設」であれば、英訳した際に何パターンか考えられます。おそらく適切な翻訳語を選択するためには、発明の内容を正確に理解できなければできないと思います。日本語明細書を作成した本人が英訳する場合はいいかもしれませんが、これを他の翻訳者に要求するのはハードルが高いと言えます。
 また翻訳者が特許用語に対応する英単語候補すらわからない場合には、もっと大変だと思います。そもそも特許用語は、一般的な和英・英和・英英辞書には載っていないので、「固」と「設」に分割して考えることになりますので、ますます選択肢が増えてしまい、翻訳者は迷うばかりです。
 このように特許用語は翻訳することを考えると、誤訳の原因になりやすいものです。もし翻訳者が重要なキーワードを誤訳してしまうと、発明のイメージが不明確になってしまい、権利化に大きな支障をきたしてしまいます。そのため、日本語明細書を作成する際には、できるだけ一般的な用語で記載し、誤訳リスクを少なくすることがよいのではないかと思っています。

基本スタイル

翻訳の基礎となる日本語クレームの書き方について考察してみます。
(1)まず「流し書き」or「構成要件列挙型」のどちらがよいかですが、近年では、後者の方がよいことに異論はないと思います。つまり、以下のスタイルが基本となっています。

例1)
~であるAと、
~であるBと、
~であるCと
を備えることを特徴とする装置。

これは、英文のcomprising形式クレームと合致しているので、よいスタイルです。

(2)また日本語クレームでは、プレアンブルとして「~において」「~であって」という文言をよく見かけます。これについては、他の記事で述べたように必須ではありません。むしろ書かなくて済むのであれば、ない方がよいです。

(3)また、特定の構成要件が長くなる場合には、次のスタイルもよく見かけます。
例2)
~であるAと、
~であるBと、
~であるCと
を備え、
Aは~であることを特徴とする装置。

最後の一文を英語にする場合には、"wherein"節を用いて翻訳できるので、日本語クレームでは、特定の構成要素が長くなる場合には、「備え」の後に補足するスタイルが好まれています。
しかし、英語では事情が異なり、特定の構成要素を長く記載しても問題ありません。むしろ、そのように記載しても理解しやすいところが、英語のメリットです(例えば、一つの構成要素について、分詞構文で書き連ねても英語だと理解しやすいです)。

これに鑑みると、上述の例2)のスタイルより、次のスタイルがより翻訳に対応したクレーム記載だと言えます。

例3)
~であるAであって、~であるAと、
~であるBと、
~であるCと
を備えることを特徴とする装置。
プロフィール

渡邊裕樹

Author:渡邊裕樹
弁理士の渡邊裕樹です。特許・商標を中心に、国内外の知的財産業務に従事しています。権利化・調査・鑑定・審判・係争など、幅広く取り扱っています。

☆経歴☆
・山形県出身
・東京工業大学大学院理工学研究科物性物理学専攻修了(理学修士)
・計測機器エンジニアを経て、2007年に弁理士試験合格(弁理士登録番号:15913)。その後、大手特許事務所を経て、権利化業務を中心に知的財産業務に従事中。

☆使用言語☆
日本語、英語、中国語

☆所属団体☆
・日本弁理士会(JPAA)
・アジア弁理士協会(APAA)

☆その他☆
・日本弁理士会関東支部 常設知的財産相談室 相談員
・知財総合支援窓口 派遣専門家
・東京都知的財産総合センター 登録相談員
・日本弁理士会 知財キャラバン事業 支援員
・ジュニア野菜ソムリエ

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